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書籍「少年事件」が医学書院「精神医学」の書評に

書籍「少年事件」が医学書院「精神医学」の書評に

書籍「少年事件」が医学書院 雑誌「精神医学」書評に取り上げていただきました。

以下に転載いたします。
医学書院「精神医学 51巻・1号 2009年1月」の書評より 飯森眞喜雄先生

日常臨床において、たいていの精神科医は「少年」と聞くと腰が引けるだろう。「事件」だと逃げ出したくなる。できたら避けたいし、診ないですませたい。「少年」も「事件」も得体が知れないからだ。ましてやオジサン精神科医には理解できないことばかりである。今の少年たちがどんな息遣いをし、何を感じているのかが肌身にピンとこないのだ。なんとか共感しようにも、その足がかりとなる自分の少年時代のこころは彼方にある。だから近寄りがたい。いかに把握し、 どう対応し、どのように治療していったらいいか見当がつかないのだ。精神科医は自分が生きている時代の空気から逃れることができないが、 さりとて変質する空気に合わせて呼吸法を変えていくのも難しい。

さて、そこで『少年事件』である。「少年」に加えて「事件」までくっついている。評者も本書を開くまでは気が重かった。だが、読み終えた後は一変してしまった。題名はセンセーショナルで氾濫するマスコミ本のようでもあるが、中身は濃い。ところが、読後はこころの持ちようが軽くなるのである。そして、「さぁ、今度の休みには渋谷の街にでも出かけてみようか」という気を起こさせてくれる。

本書は2006年12月2日と3日、明治安田こころの健康財団が主催した児童思春期講座「少年事件の予防と対応―現代の青少年をどのように理解するか―」でなされた、関連分野6名の専門家(精神科医で目白大学教授の山崎晃資氏、元警視庁少年育成課副参事の石橋昭良氏、 ノンフィクションライターの朝倉喬司氏、弁護士の神谷信行氏、元警察庁生活安全局長の竹花豊氏、精神科医で松田病院理事長の松田文雄氏)の講演に加筆してできあがったものである。それぞれの立場から、マスコミ報道で作り上げられた話題性先行の少年事件のイメージに左右されず、今の社会の空気を吸ったり吐いたりしている少年たちの息遣いとこころの襞のありようが客観的データと実体験とを交えつつ多面的に語られている。読者は読み始めるや、一気に最後のページにまでいくだろう。

まず、編集された山崎氏による、精神医学的問題から社会現況全般にわたる俯瞰的でありながら微に入り細を穿つ巧みな導入があり、そこからそれぞれの畑の人たちによる生き生きとした語りが続く。普通、精神科医の編集した本ではこれほど多くの畑は視野に入らない。精神科医はよその畑の人の話を聞かない傾向があるからである。しかし、 こと少年とその事件においては逆である。少年たちが育ち生きている畑のことを知らずして理解のしようがないのだ。「畑のことは農夫に聞け」である。

そうした姿勢で編まれた本書は、山崎氏の導入をお読みになった後なら、どこから入っても勉強になるだろう。それほど内容が濃い。まさにサブタイトルに添えられた「深刻化する実態とその背景を理解し、おとなが何ができるかを考える」にふさわしい。どの章を開いても評者がもっとも感銘を受けたのは、複雑怪奇ともいえる現況の中でたまたま事件を起こさずにすんだ少年たちの姿までもが浮き彫りになっているくだりであった。

精神科医や心理士は無論のこと、一般家庭の父親や母親、教育関係者、警察関係者など、どの立場の人が読んでも得るものがあると思われる。読後、渋谷の街に出れば、少年たちをただ遠巻きに見ているのではない自分に気づき、その息遣いと肌触りが今までとは違って感じられるかもしれない。やがてその体験は、少年のこころと出会える可能性を開いていってくれるだろう。本書は、あるようでなかった、待望の、そんな本である。

飯森眞喜雄 (東京医科大学精神医学講座)

● A5 230頁 2008 定価 1,890円(本体1,800+税)同人社